ADDだけど寝る

アラフォーにして、ADDが判明。
よく気の利くキレイ好きなしっかり者の女性になりたかったけどなれなかった。
ADDな自分をふまえて、過去と今を考察してみる。

悶々……

まあまあ有名なコピペより~


旅客機に乗客が乗り込み、しばらくしても出発しようとしなかった。
1時間もした頃、機内アナウンスが流れた。
「こちらは機長で本機はエンジンにトラブルが見つかりましたので、離陸は中止いたします」
それを聞いた乗客は、散々待たされたイライラもあり、口々に「ふざけるな!」と叫んだ。


やがて再び機内アナウンスがあった。
「じゃあ、飛びます」
機内は大パニックになった。




これはまあまあ有名なコピペです。


現在の状況の中でチラチラとこのコピペが頭をよぎります。


今の状況の中でどんな困難に直面しているのか、どれだけ深刻なのか、人それぞれ違うのだと思います。


例えば、今日働かないと明日食べる食事も無い。
自分の店がこのままだと潰れてしまう。
給料が下がったら家賃が払えずホームレスになるしかない。
今月給料が無かったら子供達に満足な食事も与えられない。


等々。


パンデミックと経済って、切っても切り離せない仲で、しかも相乗効果もあり、相反するものでもあり。
どうするのが最善なのかって難しいね。


ここでなぜ上記のコピペ出したのかと言えば、


この状況の中で、「じゃあみんな今まで通りの生活でどうぞ」


って言われたらそれはそれでパニックですよ。



結局の所、今は忍耐の時なのでしょうね。
何に不満をぶつけた所で今現在緊急事態になっている現実は変わりません。
ならば自分ができるベター(ベストでなく)な方法を考えて行動する以外にありますかね。
あるのかもしれませんが、私には分かりません。


かといってそんな悲観的な気持ちもありません。
歴史を見返せばもっともっと悲惨な事はいくらでもありました。
今も、これからも起こると思います。
コロナ騒動で出てきたいろいろな世界の癒着が露見して戦争も起こる可能性もあるでしょう。
できる限り自分も周りも守っていきたいと思う反面、もしどんな経路であれ新型コロナに選ばれてしまって死んだとしても、その影響で起こる惨事で死んだとしても、自分の人生はそういう人生なんだろうなという気持ちもあります。


どういう理由なのかは分かりませんが、例えば東日本大震災の時は凄く辛かった。
一人の人が亡くなるとその周りの何人もの人が悲しむ。
それが余りに突然に、大量に、どれだけ悲しむ人がいたかと思うと本当に辛かった。
でも、今は自分も混乱の渦中にいると思うとちょっと違う心境になる不思議。


同じような人いると思います。
分からんけど。



でも、一言だけ不満を言っていいのなら。




不要不急の外出自粛ができない人達よ、そんなに外に出たいのなら仕事代わってくれよぉぉぉお!!!

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