ADDだけど寝る

アラフォーにして、ADDが判明。
よく気の利くキレイ好きなしっかり者の女性になりたかったけどなれなかった。
ADDな自分をふまえて、過去と今を考察してみる。

個性と免罪符

個人的あるある


同僚「コロナさんて、O型?」

コロナ「え、どして?」

同僚「おおらかっていうか、大雑把っていうか、あんまり細かい事気にしないよね、あ、いい意味でね」←よくあるフォロー

コロナ「うーん、面倒くさがりなんだよ。でもO型じゃないよ」

同僚「そっか、じゃあ、変わり者のABかな?」

コロナ「変わり者てw でもABでもないよ。てか、血液型占いはそんな信じてないんだー」

同僚「うんうん、B型ってみんなそう言うんだよ」

コロナ「あの、私A型なんだ。何かごめん」

同僚「う、ううん、こっちこそごめん……」


A型はキレイ好きで几帳面て言ったヤツ出てこい




たまに、人と感覚が違うと思う事があります。

これは多分“一般的”から少々外れている事で、誰でもそう感じるものはいくつか持っていると思います。

それが“個性”だと思います。


でも、“個性”も強すぎると“障害”とか“異常”となります。

ここの線引きって、人それぞれあるものなので難しいですよね。


ADHD、ADDも“個性”として見れば、そういう人もいるという評価になりますし、脳の障害とか発達障害とかの表現になると“異常”と思われます。

もちろん、他の障害でも当てはまるものがあると思います。

(障害は個性と仰ってた方が居ましたが、自分は無関係です)


個性は誰でも持っているものですし、能力の優劣は誰といても出てきます。

得意な事もあるし、苦手な事もあります。

性格も人それぞれ、育ってきた環境や習慣などでも変わります。

それは“障害”とは言いません。


だからこそ、それを“免罪符”代わりに使うのは疑問に思う事があります。

あ、全部が全部では無いですよ汗


例えば私が重要な書類を無くしたとして「ADDだから仕方ない」なんて言ったら袋叩きです。

逆の立場にいたら、みぞおち辺りに一発入れたい所です。

失敗したり、誰かに迷惑をかけて「〇〇だから仕方ない」と“免罪符”とするなら、最初からやるなと。

“個性”として受け入れてもらいたいなら、それはやっちゃあいけないのではないかと。

そう思うんですが、どどどどどうでしょう?←ちょっと弱気


苦手な事なら得意な人に頼ってもいい。

得意な事なら苦手な人を助けたらいい。

持ちつ持たれつ。


それでも上手くいかない時もあります。

が、“個性”と受け取ってもらえてるなら「コロナ相変わらず整理ヘタクソww 貸してみそ」と私の一部として認識してもらえます。

もちろん、逆もあります。

「同僚ちゃん、資料作れてないじゃんww 私に任せろー」

と、こんな感じで。


今思い返せば、楽しかった職場はみんなどこか抜けていて、それをみんなでフォローし合っていました。

抜けている所を“障害”とは誰も思いません。

“個性”であり“その人らしさ”です。

ちょっとしたミスでも、みんなでフォローしていました。

苦手な事を苦手な人にやらせて、使えない扱いはしませんでした。

得意な事を得意な人にお願いして、効率を求めていました。


とは言っても、これが難しいんですけどね。

何回も転職しましたが、こういう所は少ない。



少し話が逸れましたが、“個性”と言うならそれは“免罪符”にならない。

と、そう思う訳ですよ。

あ、今まで普通に仕事してきたから今更言えないとか、そ、そういうんじゃないんだからね!



以上、当てはまらない人もいるけど、個人的にはこんな事思ってるけど、でもなかなかうまく行かないよね、という呟きでした。

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